歴史と文化のまち稲沢~円光寺

臨済宗 妙心寺

    【平成19年撮影橋本正秀】

 一宮妙興寺の末寺後醍醐天皇正中年間(1324頃)僧宗暁がこれを開創し、後円融院永和元年(1375)妙興寺の僧滅宗宗興禅師が開山(妙興寺も開山。円光寺は隠居寺。境内に墓所もあります。)。元弘3年(1333)十月及び建武二年(1335)五月などに綸旨を頂いて勅願所となった由緒のあるお寺です。
 萩寺として有名。23種の約200株の萩が楽しめます。4月の春萩、6月の夏萩、秋には秋萩が境内を埋めつくしています。萩の紅葉は、10月末から11月のはじめで、暮れゆく秋の風情を盛り上げています。代表的な萩は、春萩=(雲南花萩)4月(千代萩)5月、夏萩=(宮城野)(屋久島)(木萩)6月、秋萩=8月下旬から各種ほぼ一ヶ月余の花期が続きます。萩の開花時期には、大勢の観光客が訪れ、スケッチブックを出して鉛筆をはしらせる人、じっと座って鑑賞する人、カメラを構える人等、萩を楽しむ姿が見られます。
 10月から5月には本堂西では約150坪の庭に100種の椿の花が咲き誇ります。

境内に見られる碑

佐藤一英の歌碑(萩の歌碑)萩園聯詩

「はかなかる露もたのむや 墓守りのこれや萩園」
      「遙かなる月もまねくや 歯並よき石の萩園」
  ※明治32(1899)年に一宮市に生まれた佐藤一英は、第一詩集「晴天」を   大正 11(1922)年に発表し、萩原朔太郎に認められ中央詩壇に新進詩人として登場し、一貫して日本詩における韻律の探求と実践に努めました。平成11年には代表作 「大和し美し」を棟方志功の板画で表現した記念切手が生誕100年を記念して発行されました。

高田 游(焚火)の句碑

    「さよならの言えるまでこの萩の寺」
  ※1914年(大正3年甲寅)愛知県生まれで俳人日本画家として有名。     代表作には句集「風媒」があります。川端龍子の弟子。ある歳時記に   「銀河冴ゆ妻居ぬ行きしな帰りしな」(高田游, 海程, 2000/5)がおさめ   られています。

※円光寺の東隣には、古く円光寺の鎮守神として江州日吉神社を勧請した萩園神社があり、カエデの古木が稲沢市の保存樹に指定されています。